みにくいアヒルの子

2015年07月25日 20:04

「みにくいアヒルの子」は、自分の長年のテーマです。

長年のテーマ、つまり白鳥という、まったく別の本質があると気付いていてもなお、アヒルでいようとふるまってしまうのです。

アヒルでいるメリットは、いろいろあります。

まずは周囲がアヒルだから。アヒルが親だから。親アヒルは親アヒルなりに、わたしがアヒルとして生きていける方法を一生懸命教えてくれたから。

また、アヒル王国にいるなら、アヒルでいるべきである、という思い込みもあります。義務を果たしている感ですね。

さらに。本質と違うことは気付いているので「うまくできない自分」を、そのような形で許せるのです。つまり、「本質と違うことをさせられているから」と、うまくなる努力を怠り、できない言い訳になるのです。

なにより「長年」そのような方法になれています。違和感があっても、今までそれで生きてきたのだから。

がしかし、そろそろ「アヒルの子」でいることをやめる時期が来たようです。

白鳥という本質がありながら、白鳥として生きてこなかったため、白鳥になれるのか、遠くまで飛べるのか、不安があります。恐怖感ですらあります。

でも、白鳥なのだから、白鳥として、生きていけるのです。アヒルとしての生活感や考え方を手放して。

マヤ暦の新年です。たとえて「白鳥」と表現した本質は、もちろん誰でも持っていて、なかなか気づきずらく、受け入れにくいものです。

でも、あなたの中の白鳥は、あなたと一体になって飛び立つことを待っているはずです、きっと。