狭き門は、狭いのさ

本当はわかりずらく、狭い入り口なのに、広くてわかりやすい入り口ですよ、ということは、
親切なことなのか?

たどり着くまでには、技術や才能が必要であり、たどり着くほどの力がない人に、

「練習すれば、きっと辿りつけます」というのは親切なのか?

技術や才能はあるが、相応の持続力と忍耐力が必要なのに、
「持続力と忍耐力はいりません。ラクにたどりつけますよ」
ということは、親切なのか?

技術や才能がない、または、

持続力と忍耐力は要求されるよ、と忠告したとき、

「この人に技術や才能がない、持続力や忍耐力が必要である、

というのはあなた(忠告者)の思いこみである、
ブロックである、トラウマである、だから、解放すべきである」

という反論は、親切なのか?

「難しいこと、労力がいること、忍耐のいる体験」は、よくないこと、とは限らない。
それを楽しいと思うかもしれない。

才能、技術がない、と言われても、目指してしまうことは、才能かもしれない。

その出来事や体験に遭遇しない限り、わからない。

プロメテウスやルシファーが天界から地上にもたらしたといわれる「火」。


やけどするから、危険だからと、扱おうとしないことが、
「自分を大切にする」ということなのか?

あえて「火」近づき扱おうとするとき、

「自分勝手だ、命知らずだ」と忠告することは、親切なのか?

ときどき、ふと思います。

中島ゆいブログ

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